−聴覚障害児教育とその関連領域−

 

第45巻  第3号

2003年10月


 

研  究

豊田恵梨名井坂行男
聾学校における通級による指導の現状と課題 153-166

長南浩人
聴覚障害児の読解力を向上させるためのコミュニケーションのあり方−認知心理学の視点から− 
167-176

原田美藤
松山市立小中学校における「学校生活支援員」制度 
177-189

太田晴康下島かほる
通常中学校における聴覚障害生徒への情報保障−インテグレーションと、要約筆記を活用した学習支援− 191-202

中村好則黒木伸明
聾学校の算数・数学教育に関する実践的研究の現状と課題 
203-219


学会彙報
 190

 



ろう教育科学会編集

ISSN 0287-1548

 


 


聾学校における通級による指導の現状と課題
The Present State and Problems of the Visiting Class System in the School for the Deaf
豊田恵梨名
井坂行男 Erina Toyoda and Yukio Isaka

 文部科学省は平成13年4月に全国の聾学校に約40名の通級指導担当者を配置し、聾学校での通級による指導を推進する事業を開始した。そこで、通級指導担当者が配置された初年度の聾学校における通級指導の実施状況等に関する調査を実施し、その現状と課題をまとめた。調査用紙の回収率は73.5%であった。
 結果は通級による指導は小学部19校(26%)、中学部17校(23%)において実施されており、その多くは今年度(平成13年度)より開始されていた。担当者の聴覚障害教育経験年数の平均は、両学部ともに約10年であった。対象児童生徒は低学年児童が平均3.5人、高学年児童が1.7人で週1.8時間の指導、中学生が平均2.2人で週1.5時間の指導が実施されていた。自立活動に関する指導内容は、小学部では言語学習やコミュニケーションの指導、発音学習・聴覚学習等が、中学部ではコミュニケーションの指導や障害受容に関するものが行われていた。また、その効果は小学部では言葉の発達等、中学部では情緒面の安定等が挙げられ、課題は時間の確保ということであった。教科補充指導は、小学部では国語と算数で行われ、中学部では特に決められた教科では実施されていなかった。これらの通級による指導に関する実施上の課題は在籍校の担任との連携や指導時間の確保であった。通級による指導に対する保護者の要望は、両学部ともに「個々のニーズに応じた専門性の高い指導」であると把握されていた。また、果たすべき役割も同時に「専門性の高い指導」とされていた。有効性は、「専門的な個別の指導」であり、課題は「時間的な制約」があること。担当者の課題は「専門性の向上」「人材の確保」等であった。

  

  

聴覚障害児の読解力を向上させるためのコミュニケーションのあり方−認知心理学の視点から−
How to Enhance the Abilities of Comprehension through more Appropriate Communication in Education for the Hearing-Impaired
長南浩人 Hirohito Chonan

 本研究は、読解力を構成する下位能力を認知心理学の知見から概観し、それらに関する聴覚障害児の実態を文献から検討した。具体的には、語彙力、文法力、作動記憶容量、既有知識、推論能力、メタ認知能力である。さらにこれらの下位能力を発達させるためのコミュニケーションのあり方や言語指導法について述べた。特に作動記憶内で効率的に日本語の処理が行えるようになるには、聾教育で従来から行われている口声模倣による指導が有効であり、また子どもによってはキュード・スピーチ、指文字、日本語対応手話などの日本語を手指で表す手の運動を利用することが効果的な場合もあることが示された。またコミュニケーション手段の問題だけでなく、どの様な内容のやりとりをするかというコミュニケーションの質についても十分な検討が必要であることも述べられた。
キーワード:聴覚障害児,読解力,コミュニケーション手段

  

  

松山市立小中学校における「学校生活支援員」制度
"School Life Support System" for Elementary and Junior High School Students in Matsuyama
原田美藤 Mifuji Harada

 松山市では2000年より「学校生活支援員」が制度化された。この制度は市内通常学級にインテグレーションしている児童生徒が豊かな学校生活を送る目的で設置されたものである。初年度は1日4時間、肢体不自由の児童生徒、特殊学級の児童生徒、耳の不自由な児童生徒、帰国子女、外国人子女を対象に20名の支援員が各学校に配属された。2003年には1日3.5時間を2名の支援員が一人の児童生徒の支援につき、終日支援を受けながら学校生活を送っている。このような制度が設置されるまでに、社会や行政にさまざまなはたらきかけをしてきた。本稿では聴覚障害児を持つ母親としてどのような取り組みをしてきたか、という制度化までの歩みを紹介していく。研究を通して制度化後、聴覚障害児の学校生活がどのように変化したか、児童、保護者、管理職、学級担任の心理的効果の分析をした。また学力面や学校生活面での変化を明らかにした。その結果、教育的成果が期待できることが示唆された。
キーワード:聴覚障害,インテグレーション,学校生活支援員,ノートテイク,手話

  

  

通常中学校における聴覚障害生徒への情報保障−インテグレーションと、要約筆記を活用した学習支援−
Notetaking for the Hard of Hearing in Junior High School
太田晴康下島かほる Haruyasu Ota and Kaoru Shimojima

 インテグレーションの広がりに伴い、通常の学級で学ぼうとする聴覚障害生の増加が言われて久しい。インテグレーションにおける困難は様々あるが、特に学習面での問題点は大きい。そこで本研究では、通常中学校で学習する聴覚障害生4名に、1年2ヵ月に渡り、理科と社会の授業で要約筆記による情報保障で支援を行い、特に歴史の授業でのパソコン要約筆記による支援に焦点を当て、質問紙調査を行った。その結果、3名の生徒が知識面で、4名全員が先生のキャラクタ面で、2名が授業中の友だちの発言やクラスの雰囲気が、よく伝わるようになったと回答した。これにより、通常中学校に在籍する聴覚障害生には、要約筆記による情報保障の支援が有用であることが示された。
キーワード:インテグレーション,難聴学級,情報保障,要約筆記,ノートテイク

  

  

聾学校の算数数学教育に関する実践的研究の現状と課題
The Present States and Issues of Practical Studies in Mathematics Education of School for the Deaf
中村好則黒木伸明 Yoshinori Nakamura and Nobuaki Kuroki

 聾学校においても、大学や専門学校への進学希望者の増加(浅野,2001)や情報化社会、生涯学習社会の進展に伴って、算数・数学教育の役割が増加している。また、生徒が自己実現を図り社会参加し自立するためには、基礎的な数学的知識や計算技能の習得だけではなく、数学的な見方・考え方や論理的な考え方を身に付けることも重要である。しかし、現実的には通常の学校と同様に聾学校においても「算数・数学嫌い」の児童・生徒は少なくなく、学習指導上の課題も多く、実践的研究の成果への期待は大きい。そこで、本研究では、過去10年間(1993年から2002年)の聾学校における算数・数学教育に関する実践的研究を調査・分析した。その結果、聾学校の実践的研究の特徴を捉える観点として、(1)研究内容では「指導法」「教材開発」「テクノロジー活用」、(2)研究領域では「文章題」「文字式」「数学的思考力」が挙げられた。また、これらの観点をもとに、聾学校における実践的研究を概観し、その特徴について述べた。課題としては、先行研究や先行実践の積み上げ、実践に対する理論的裏付けと客観的評価の検討の必要性などが見いだされた。
キーワード:算数・数学教育,実践的研究,聾学校,現状と課題

 


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