−聴覚障害児教育とその関連領域−

 

第45巻  第

2003年7月


 

研  究

堀谷留美鳥越隆士
聴覚障害幼児の遊び場面における会話活動−手話導入校における観察から− 73-87

米山文雄新井達也森本
数学のコミュニケーションにおける構造的意味の正当化の類型−聴覚障害学生へのインタビュー調査に基づいて− 89-99

三簾和宏
英語力と聴力の関連、英語力と日本語力の関連 
101-107

森本明子井坂行男
聴覚障害学生に対するノートテイクによる講義保障について−情報の量及び質に関する分析を通して− 109-123

脇中起余子
K聾学校高等部生徒の記憶方略に関する一考察−「音声方略」と「手話口形方略」のどちらが有効か− 125-142

竹中美香
詐聴を疑う2症例の臨床的研究 143-151


学会彙報 
88,100

 



ろう教育科学会編集

ISSN 0287-1548

 


 


聴覚障害幼児の遊び場面における会話活動−手話導入校における観察から−
Deaf Children's Conversational Behaviors in the Play-Setting: An Observation at the Preschool Program of the Signing Deaf School
堀谷留美鳥越隆士 Rumi Horitani and Takashi Torigoe

 本研究は、手話を主なコミュニケーション手段としているろう学校幼稚部で、ろう幼児の遊び場面における会話行動を観察・記述した。以下の点が明らかになった。(1)遊びの内容は、コミュニケーションの手段は異なるが、健聴児とほぼ一致していた。(2)会話行動における伝達の型は、健聴幼児の遊びで見られているものとほぼ一致していた。(3)幼児は相手とのコミュニケーションを円滑にするために様々な工夫を行っていた。例えば、相手の身体に触れたり、視覚的な手がかりを提示して、注意を引いてから発話を開始することがよく見られた。(4)幼児は、相手や場面によりコミュニケーションの方法を様々に組み合わせていた。(5)教師は通訳、言い換え、助言などの援助を行い、これが幼児同士の対話を円滑にしていた。

キーワード手話,ろう学校幼稚部,ろう幼児,遊び,会話行動

 

数学のコミュニケーションにおける構造的意味の正当化の類型−聴覚障害学生へのインタビュー調査に基づいて−
The Nature of Justification of Mathematical Meaning for the Hearing Impaired Student
米山文雄新井達也森本 明 Fumio Yoneyama, Tatsuya Arai and Akira Morimoto

 聴覚に障害のある学生を対象とする数学の授業では、より確実で豊かなコミュニケーションをいかに成立させるかが、常に重要な課題である。特に、比較的抽象的かつ形式的な内容が中心となる学習指導では、正確に意味を伝えあうことが不可欠である。しかし、学生一人ひとりの背景となる経験や知識が異なるため、構造的意味の伝達には困難が伴う。本稿では、聴覚障害学生における抽象的かつ形式的な内容に関わるコミュニケーションの困難性を明らかにするために、数学のコミュニケーションにおける構造的意味の正当化の類型について検討する。あらかじめ構造的意味の正当化の類型を設定し、それに基づいて聴覚障害学生に対するインタビュー調査を行った。その結果、設定した類型に関して聴覚障害学生による正当化の事例の同定が確認された。

キーワード聴覚障害学生,コミュニケーション,構造的意味,正当化

 

英語力と聴力の関連、英語力と日本語力の関連
Relations between the Ability of English and of Hearing, and between the Ability of English and of Japanese
三簾和宏 Kazuhiro Misui

 本研究は、ろう学校生徒(21人)を対象として、英語力と聴力の関連、英語力と日本語力の関連について検討したものである。英語力の測定には、指導者が英語の文法項目を指導し、事後テストを行うという方法をとった。この事後テストの平均点より高い得点を取った者を上位群、低い得点を取った者を下位群に分けた。聴力の測定には平均聴力レベルを利用した。日本語力の測定には読書力診断検査を利用した。英語力と聴力の相関は、事後テストの得点と平均聴力レベルを基に、ピアソンの積率相関係数を算出し、検討した。英語力と日本語力の相関は、事後テストの得点と読書力診断検査の得点を基に、ピアソンの積率相関係数を算出し、検討した。その結果、事後テストの得点と平均聴力レベルの間には相関が見られず、下位群の事後テストと読書力診断検査の結果の語彙の得点の間にのみ中程度の相関が見られた。このことから、英語力と聴力は相互独立的であり、英語力と日本語力は下位群の語彙の面については相互依存的であるが、それ以外の面では相互独立的であることが示された。

キーワードろう学校高等部生徒,英語力,聴力,日本語力,ピアソンの積率相関係数

 

聴覚障害学生に対するノートテイクによる講義保障について−情報の量及び質に関する分析を通して−
On a Lecture Guaranteed by Note Takers to Students with Hearing Impairment: The Analysis about the Quantity and Quality of the Information
森本明子井坂行男 Akiko Morimoto and Yukio Isaka

 大学で学ぶ聴覚障害学生に対する講義保障の一つであるノートテイクにおいて、聴覚障害学生にどの程度の情報が提供されているのかを検討した。通常の授業場面では、文字数による要約率に基づく情報の量は約20%台、内容理解に必要な語彙数による要約率に基づく情報の質は約30%台であることが示された。また、ノートテイカーと授業者の連携に基づいて4項目の改善を行ったところ、語彙数による要約率に改善が認められた。さらに、OHP使用時の語彙数による要約率も20%台から40%台に向上した。ノートテイカーの経験に基づく差違については、経験を重ねるほど、語彙数に基づく質的な要約率が高くなる傾向が認められた。また、大学における様々な講義形態にノートテイクが十分に対応できない現状も認められると共に、聴覚障害学生・ノートテイカー・授業者の連携システムを構築することが重要であることが示唆された。

 

K聾学校高等部生徒の記憶方略に関する一考察−「音声方略」と「手話口形方略」のどちらが有効か−
Effects of Sign-Mouthing Strategies and of Vocalizing for Discourse Memory in the Deaf High School Students
脇中起余子 Kiyoko Wakinaka

 長南井上(1998)によれば、A聾学校高等部生徒は、文章記憶の予備調査において、自主的に手話口形方略、暗唱方略、音声方略のいずれかを利用しており、この予備調査の成績の上位群では、これら4つの方略のそれぞれを用いるよう指示された時の記憶成績は大差なかったが、下位群では手話口形方略の利用により上位群との差が縮まったという。本研究では、この上位群と下位群の差が最も大きかった音声方略と差が最も小さかった手話口形方略を取り上げ、K聾学校高等部生徒の場合、どちらが記憶成績が高く現れるか、受聴明瞭度や手話レベル、教育歴、「学力」(国語や5教科の成績)などの要因との関係が見られるかを検討したところ、受聴明瞭度が45%以上の生徒は全員音声方略の方が有効であったが、40%以下の生徒については音声方略が有効な者、手話口形方略が有効な者、大差ない者などさまざまであったこと、手話レベルが下位の者や聾学校にずっと在籍した生徒は音声方略が有効な者が多いようであったことを見出した他は、全体的に特にこの要因の影響が強いということを見出すことはできなかった。

キーワード聴覚障害者,文章記憶,音声方略,手話口形方略,受聴明瞭度

 


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