−聴覚障害児教育とその関連領域−

 

第43巻  第3号

2001年10月



研  究

脇中起余子
聴覚障害生徒の認知と論理−4種の命題の真偽判断や図形認知の問題などを通して− 

国末和也川崎聡大
人工内耳装用児一事例における聴覚学習効果 

足立 貢西村則子
大阪における難聴学級(通級指導教室)の現状と課題−アンケート調査の結果から− 

長南浩人
日本手話中間型手話日本語対応手話の構造の違いについて 

相良啓子斎藤佐和根本匡文
聴覚障害学生の障害認識に関する研究 

 

学会彙報

 



ろう教育科学会編集

ISSN 0287-1548

 


 


聴覚障害生徒の認知と論理−4種の命題の真偽判断や図形認知の問題などを通して−
A Study on Recognition Development in Deaf Students through the Tests Relating to Four Logical Inference Forms,Geometrical Figure,and so on
脇中起余子 Kiyoko Wakinaka


 本命題や対偶命題、逆命題の真偽判断について、「子どもの論理」を持つ人は後者の2つに対して誤答となるが、「数学的論理」を持つと、全ての命題に対して正答できるようになるという。K聾学校高等部の生徒の場合、計算力によって群分けを行ったところ、下位群は「子どもの論理」に従った反応が多かったが、上位群は全ての命題に対して「どちらとも言えない」とする反応がかなり見られた。また、図形認知について、先行研究によれば、平行四辺形らしい図形しか「平行四辺形」と認めない段階Ⅰ、正方形や長方形、菱形は平行四辺形に含まれることがわかるが、それらの間の関係が理解されない段階Ⅱ、平行四辺形や正方形、長方形、菱形の関係が理解される段階Ⅲが見られるというが、本研究でも同様の傾向が見出された。これらの結果や授業中の様子から、聴覚障害生徒の場合、「単純な命題の記憶」にとどまり、「PならばQである」時「QであってPでない事例」が存在する可能性や「AはBでもありCでもある」のような複雑な関係の理解という「構造化」が困難な生徒が多いのではないかと思われた。

キーワード命題,数学的論理,「子どもの論理」,図形認知,三段論法

 


人工内耳装用児一事例における聴覚学習効果
Effectiveness of Auditory Learning for a Profoundly Deaf Child with Cochlear Implant
国末和也川崎聡大 
Kazuya Kunisue and Akihiro Kawasaki


 人工内耳装用児を対象とした聴覚学習の実施及び受聴傾向の検討を行い、聴取能に及ぼす聴覚学習効果について検討した。聴覚学習は、CD(Compact Disc)を利用して物語文の聴取を課題別全3期に分け10か月間行った。また、受聴傾向を検討するために、単音節及び3音節単語による語音聞き取り検査を実施した。提示音は、CDプレーヤを利用した検査音及び検査者の音声で実施した。
 結果、CDプレーヤを利用した物語文を聴取する聴覚学習は、単音節や単語の聴取能の向上に効果があるとともに、指導場面においてスピーカ音に対する人工内耳固有の配慮がなされるべきであり、さらに、CD音による文章の聞き取りが可能になる指標としては、単音節の正答率が50%以上、3音節単語の正答率が70%以上必要であるという知見が得られた。また、聴覚学習課題への親和性の検討が必要であるという課題を得ることができた。

キーワード人工内耳,聴覚学習,聞き取り検査,受聴傾向

 


大阪における難聴学級(通級指導教室)の現状と課題−アンケート調査の結果から−

足立 貢西村則子 Susumu Adachi and Noriko Nishimura


 大阪府下の難聴学級、通級指導、聾学校等の教師を対象とした研究機関として、大阪府養護教育研究会、難聴教育研究分科会(府難研)がある。例年、学期ごとに、総会・講演会、授業公開、施設見学会、実践交流会、コース別の研修会などの研究会や研修会を実施している。そのように研究会や研修会を実施していても、それぞれの学校の現状や実践、意見などの交流が十分におこなえているとはいえない状況であった。
 そこで、府難研の研究会や研修会の企画や運営にあたる、幹事会の承認と協力を得て、大阪府下の小学校・中学校の難聴学級を中心にアンケートを実施し、難聴学級(通級指導教室)の現状を調べ、実態を把握することにした。今回は、アンケートの結果を集約し、大阪の難聴学級(通級指導教室)の現状を報告し、併せて難聴学級の今後の課題についても検討を加えたいと思う。

キーワード府難研,難聴学級,通級指導教室,アンケート調査

 


日本手話中間型手話日本語対応手話の構造の違いについて
On the Difference among Japanese Sign Language,Pidgin Sign Japanese,and Manually Coded Japanese
長南浩人 
Hirohito Chonan

 本研究は、日本手話、中間型手話、日本語対応手話の構造的な特徴を明らかにすることを目的として、まんがの伝達課題を用い、それぞれの手話表現を収集し分析した。その結果、以下の6点について違いを明らかにすることができた。(1)日本手話の表現で変化動詞が用いられる場合、動詞の運動の一致という表現が見られた。中間型手話や日本語対応手話では動詞の運動の一致は見られなかった。(2)日本手話で無変化動詞が用いられる場合、動詞の後に指差しが見られた。中間型手話や日本語対応手話では無変化動詞の後の指差しはなかった。(3)日本手話で複文が用いられる場合、修飾句は名詞の後ろに表現され、句と被修飾語の間に小さなうなずきと、それに続くポーズといった手話の文法マーカーが見られた。中間型手話や日本語対応手話では、修飾句は名詞の前に表現され、また被修飾語との間に小さなうなずきは見られなかった。(4)日本手話は、うなずき、ポーズなど手話の文法マーカーが観察された。(5)日本手話では、表情が頻繁に変化した。(6)付帯状況は、日本手話では重層的な表現を利用して表現されていた。中間型手話と日本語対応手話では、「ながら」という日本語を利用して表現し、日本手話のように2つの動作を同時に行うことはなかった。

キーワード日本手話,中間型手話,日本語対応手話,文法構造

 


聴覚障害学生の障害認識に関する研究
Study on the Recognition of Deafness in Students with Hearing Impairments
相良啓子
斎藤佐和根本匡文 Keiko Sagara,Sawa Saito and Masafumi Nemoto

 我が国唯一の聴覚障害学生のための高等教育機関(筑波技術短期大学・聴覚部)に在籍する51名を対象に、1、3年次にアンケート調査を実施し、彼らの障害認識の変化について分析した。また、51名中20名には個別の面接調査を実施し、現在の障害認識の実態や在学中の変化を各事例の生育史やコミュニケーション経験と関係づけながら検討した。アンケート調査では、全体的な傾向として、在学中に聴覚障害者としての生き方を肯定する方向での変化が多かったことがわかった。面接調査から、聴覚障害のある自分の捉え方として、「ろう」としての積極的肯定や「ろう」「難聴」の中間的存在としての認識など6グループに分類することができた。しかし、聴覚障害学生の一人ひとりの認識は、彼らを取りまく過去あるいは現在の多様なコミュニケーション環境を通して生じており、一定の傾向はあるものの現実にはかなり個別的な様相を呈していることが明らかになった。

キーワード聴覚障害学生,障害認識,聴覚障害,学生集団,コミュニケーション

 


目録へ戻る